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今日、大学の廊下に置いてあった就活関連のチラシ群の中に「スマートフォンで就活を勝ち抜く」みたいなauのチラシがあるのを見かけて、まじ就活食い物にされすぎだろって思った。
東京に来ると、ホントに警察(特に公安)の態度というかやり方に愕然とする。あいつらホントにやりたい放題だよな。デンマークでは、デモなんかで警察が不当行為を行わないかを監視するために、法律に詳しい人達がボランティア(リーガルチェック)で参加しているらしい。
一応、補足すると…反グローバリゼーション運動の有名なスローガンに「もう一つの世界は可能だ」というのがありまして、ここでは企業社会(資本主義)の論理とは別の形の「抑圧のない世界」を目指すことが目的としてあるわけです。
デモとかさ、「そんなことしても何も変わらない」とか言って、みんなバカにするけどさ、違うんだよ。そこで自分と同じ思いを持った人が何十人、何百人って集まってるのを見て、何も感じないのかってことだよ。家にいて、自分の気持ちを押さえ付けて、少しでも希望が見えるのかよ。
貧困が存在する社会では雇用の劣化はどんどん進むし、それはまた貧困をも悪化させる。だから雇用自体の質を改善させる必要がある。そのためには雇用を増やすだけではなく、セーフティーネットを整備することも必要。働く側が雇用を選べるようにならないと「悪質な雇用」は淘汰できない。
マクドナルドでバイトしてる友人の発言→「俺、10年間飲食店で働いてたら間違いなくマルクス主義者になるよ。だって明らかに搾取されてるもん」
いつも言ってるけど、今の社会は「普通に生きること」のハードルが高いのよね。「普通に就職」「普通に恋愛・結婚」「普通に子育て」「普通に引退して年金生活」……どれも普通にできなそうである。
日本人ってデモとかの運動に対して基本的にシラケてる(「そんなことやっても何もかわんないよ」)けど、そういうシラケを一切排して積極的に参加したら、けっこう変わるんじゃないかと思う。
上手く説明できないし突飛な話かもしれないんだけど、人が(圧倒的な絶望で)死ぬことに関して、それを何かで「代替する」ことはできない。言葉では何も示せないはずで、それを「ダイヤの乱れ」やら「乗客の迷惑」なんかに無理矢理に換算(還元)して処理してしまうのは、間違ってると思うのだ。
にしても「大学卒業時に就職口がない」ということで悩まなければいけない日本の雇用・社会システムのなんとバカらしいことか。海外の人からすれば、全く悩む必要のないことで悩む我々の生活は全くもってマヌケすぎる。
日本が、「民主主義国家」「経済大国」「先進国」の看板(セルフイメージ)を否定するなら、まだこの国のことを思える気がする。現状がクソだらけなのに、大国ぶってるところがムカつくんだよな。
たぶん実際的な話をすると、フランスデモ(全車線使って歩くデモ)すら禁止する人権侵害法=公安条例があるかぎり、デモ隊が暴徒化するってありえないと思うな。放水車持っててもいいから、せめて公安条例廃止しろ。欲張りすぎるぞ。
悲惨さを語ることは、時として現状を肯定する機能を持ちうると思う。つまり、「モデル」からあぶれた者の悲惨を表象することで、「モデル」を理想化するという形。